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賃金引下げ時の留意点

労働者の賃金引下げには、いくつかの方法があります。第一の方法は、労働者との個別の合意によるもの。第二の方法は、就業規則の改訂によるもの。第三の方法は、労働協約の改訂によるもの。その他にも、人事上の措置としての降格によるもの、人事制度の変更や合併等による賃金引下げもあります。ここでは、第一・第二の方法についての留意点を解説します。

(ポイント)

・賃金引下げは最終手段と認識すべき

政府の助成金・補助金の活用も検討すべき

・労働者の理解を得ることが重要

・新型コロナなど外部要因の場合は、期間限定ての引下げにすべき

 

(労働者との個別合意による賃金引下げ)

 

労働契約法第8条では、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と定められています。労働契約の原則である「合意の原則」について確認したものといえます。中小企業が、賃金の引下げなど労働条件の不利益変更を行うには、まずは労働者に説明を尽くして、労働者との個別の同意を目ざすべきです。そして、個別同意を得るにあたって注意すべきは、説得に熱が入ってしまった結果、労働者が恐怖を感じたり、あるいは内容を誤解したりするなどして、本意でない同意をしてしまうことです。民法第96条1項(詐欺・脅迫)では、「詐欺又は脅迫による意思表示は、取り消すことができる」となっています。のちのちのトラブルにならないように、なぜ賃金の引下げが必要なのか、丁寧な説明が不可欠です。そして、残念ながら労働者との合意に至らなかった場合には、労働者が有期雇用であれば期間満了に伴う雇止め、という選択肢も視野に入ってくると思います。この場合には、労働契約法19条(有期労働契約の更新等)についても検討しなければなりません。特に契約更新を何度も繰り返し、長期間の雇用継続となっている労働者や採用時や日々の職場での上司などの発言等から雇用継続を期待している労働者については、慎重な判断が求められます。

 

 

労働契約法 第19条(有期労働契約の更新等)

有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間 の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新 されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

 

 

(就業規則の改訂による賃金引下げ)

 

労働契約法第10条では、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」としており、労働者と個別の合意がなくても労働条件が可能である旨を規定しています。ただし、就業規則による労働条件に変更においては、権利の濫用とならないよう以下に示すような慎重な対応が必要になります。

 

具体的には、同法第10条の各項目をクリアするため以下についての対応が必要です。

  1. 変更後の就業規則を労働者に周知させること

  2. 変更による労働者の受ける不利益の程度

  3. 労働条件の変更の必要性

  4. 変更後の就業規則の内容の相当性

  5. 労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであること

 

 

(合理的かどうかの判断要素/判例)

 

・第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決)では、就業規則の変更が「合理的なものである」か、否かを判断するに当たって考慮すべき、以下の7つの要素が明らかになっています。

  1. 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度

  2. 使用者側の変更の必要性の内容・程度

  3. 変更後の就業規則の内容自体の相当性

  4. 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況

  5. 労働組合等との交渉の経緯

  6. 他の労働組合又は他の従業員の対応

  7. 同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべき

 

※つまり合理性を判断するためには、業務上の必要性の程度と、それにより労働者が受ける不利益の程度を比較した上で、それらに社会的相当性があるかどうかについての検討が必要です。なかでも業務上の必要性については、賃金は労働者の生活への影響が大きいこともあり、「通常の」業務上の必要性では認められることが難しく、「高度もしくは極度の」業務上の必要性が必要だとされています。

・「高度の」業務上の必要性とは、合併による労働条件統一の必要性(大曲市農業協同組合事件判決 最高裁昭63年2月16日第三小法廷判決 )や55歳以上の高年齢者の賃金是正の必要性(みちのく銀行事件 決最高裁平成 12年9月7日第一小法廷判決)などとされる。

・「極度の」業務上の必要性とは、会社の存続が危ぶまれる状況や経営危機による雇用調整が予想される状況(みちのく銀行事件 最高裁平成 12年9月7日第一小法廷判決)とされる。

 

 

(その他、知っておくべき判例)

 

・一部の労働者のみに大きな不利益が生じる就業規則の変更(55歳以上の管理職・監督職階にあった労働者に対する賃金の減額)による労働条件の変更事案について、就業規則の変更の合理性を否定(みちのく銀行事件 最高裁平成 12年9月7日第一小法廷判決)

・就業規則による労働条件の不利益変更について、合理性を有することなく、労働者の同意だけで不利益変更が認められるかについて、これを肯定した。くわえて、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当であるとした(山梨県民信用組合事件 最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決)。

・就業規則が拘束力を生ずるためには周知が必要(フジ興産事件 最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)

・個別に合意した労働条件を就業規則によって不利益に変更することできない(シーエーアイ事件 東京地判平成12年2月8日)。

 

 

(黙示の合意による引下げ)

 

経営者が社員総会で、経営状況を説明し、全員一律の賃金減額について訴えた場合、労働者がそれに対して反対意見を発しなければ、労働者との黙示の同意が成立する、という考え方があります。しかしながら賃金に関しては、裁判でも黙示の合意は認められない傾向にあります。そのため賃金引下げについては、労働者に対して書面での個別の同意を取ることが必要になります。

 

 

(引下げ額の目安)

 

月給であれば10%以内の賃金引下げが妥当だと言えます。法律上は10%を超える減額を制限していませんが、労働者が受ける不利益の程度を配慮すると、この程度が妥当な線だといえるでしょう。ちなみに労働基準法第91条(制裁規定の制限)においても、「その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」とされており、10%がひとつの目安といえるでしょう。くわえて、最低賃金を下回らないようにご注意ください。

 

 

(最後に)

賃金引下げは、労働者の生活に大きな打撃を与える可能性があります。不用意な労働条件の不利益変更は、労使紛争の火種になりますので、慎重な対応が必要になってきます。

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